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2007年8月 7日 (火)

ヒロシマをさがそう⑩【広島電鉄千田町変電所】

Dsc_00778874原爆の日の皆さんの思いをブログで拝見して、改めて考えさせられました。
ありがとうございます。


広島電鉄千田町変電所、事務所

市電復旧の設備を守ったレンガ

この道の前は良く通るので前から気になっていた建物。
被爆建築物だと気づいたのは

原爆を見た建物」を読んで
ひょっとしたら被爆建築物では?が確信に変わった。

この建物は、市内電車が開通した1912年に、その電力を供給する発電所として建てられ、燃料の石炭は、すぐ前を流れていた竹屋川から運ばれた。
2棟のうち、北側には発電機が、南側にはボイラーが設置され、建物の東側、竹屋川に面して巨大な煙突がそびえていた。
発電所は34年に老朽化と能力不足で廃止され、電飾は広島電気(中国電力)からの供給となり、変電所になった。
原爆によって広島電鉄の建物や電車なども多大な被害を受け、この変電所は爆風で屋根を剥ぎ取られるなどした。Dsc_00848881
幸いにもレンガの壁面は倒壊を免れ、変電設備は、所員による普及の応急措置修理で昨日を回復した。
被爆当日の午後から軌道などの復旧に取り組んでいたこともあり、9日には最初の電車が動き出した。
58年には爆心地側の建物について、レンガ壁の補強と変形した小屋のみ改修が行われ、上部の姿が従来と異なった。さらにその後、白色の防水塗料が塗られた。
一方南側の建物の被害は軽微であり、当初の外観を守り現在は事務所として利用されている。
爆心地から二㌔メートル県内の前回地域に残るレンガ建築
原爆を見た建物」より

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コメント

9日には電車鞘が復旧したことすごいですよね。
何がおきたかわからないけれど、自分たちも悲しみに暮れながらも、ただただ一生懸命市民の人たちのために働かれた人がたくさんいらっしゃったのですよね。

投稿: yumily | 2007年8月 7日 (火) 08時05分

被爆見物は大小様々と点在しているようです。あまり知られていないものが多いようです。
残念ですが、老朽化と維持が大変でもあるようです。

投稿: ぬっさん | 2007年8月 7日 (火) 21時40分

>yumilyさん
広電の方々の執念ですね。
結構感動しました。

>ぬっさん
そうですね。結構現存してるみたいです。
徳山にいるうちに自分の目で見てみようと思います。

投稿: いのたか | 2007年8月 7日 (火) 21時52分

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